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老舗計画株式会社

飲食店コンサルタント | 開業支援・経営改善

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僕の半生5

一年も持たずに離婚してしまった私。

もしかしたら、心根のところで
離婚に対してあまり抵抗感が無かったのかもしれません。
とても身近なもんだと。

それからは
仕事仕事の日々で
ひたすら愚直に仕事を!

と、いうのであればまだ良かったのでしょうが
もちろん仕事はしっかり
当時、11時から15時までに300人くらいいらっしゃる店を
ホール二人とかで回す
そりゃぁまぁ修行にはもってこいのお店でして

オーナーもイケイケドンドンで
そりゃぁもう毎日楽しく仕事をさせていただきました。

で、沢山遊びもさせていただきました。

ほんと、手当たり次第ってはあのこと。
一度、ランチタイムの女性の半分が
仲良くさせてもらった事がある人ばかりで
冷や汗かいた時もありました。

その当時から
(せっかくこの業界なら、独立しないとなぁ)
という気持ちがムクムクと湧いてきました。

ある日
ほんとうに久しぶりに
地元、大河原で友人の飲む機会がありました。

友人は同級生
まだ26歳くらいの時。
連れて行ってもらった店が
スナックで
焼酎の烏龍茶割りを飲んでいるのに
衝撃を受けたんですよね。

当時、仙台では
ワインバーやショットバーが流行っていたそんな時期。
手作り生地のピザとかね。

なのに地元ではそんな感じのお店がほぼなくて
なんでだろ。
せっかく飲むなら、居酒屋やスナックじゃなくて
そんな時間を提案したいよなと。

そんな時期
たまたま知り合った女性。
ほんわかとしていて
優しそうなんだけど、芯が強くて
なによりも、生き方のセンスがとても素敵な
そんな女性とお付き合いさせてもらう事になりました。

その彼女の趣味は
カフェめぐり。
まだその当時、今みたいにカフェ多くも無かったんですが
東京や仙台のカフェ事情にとても詳しく
デザインや美術系にも造形の深い彼女から
かなりの影響を受けたんですよね。

考えてみると
私って付き合った彼女の影響
かなり受けるんだよなぁ。

サプリだったりマクロビだったり
音楽や絵画、ハンドメイドや工芸
今の自分を形作ってる事ほとんどそうだなぁ。。

そのタイミングで
ほんと、奇跡的なタイミングで
大河原に物件があると情報頂いたんです。

そしていよいよ
ホームレスから一年後
独立へ。

ちなみに当時貯金はゼロ。
まぁ今もそんなもんですが(汗)

やる気しか無い。
今思い出してみると無謀が服を来て歩いている
そんな感じだったよなぁ。

内装やコンセプトは
彼女と相談して
(流行はいつか時代遅れになる)
という真理をいただいちゃって
じゃぁ極力シンプルにしよう。

どんな色でも瞬間瞬間で染められるような
白をベースにした店にしよう。

と少しづつ少しづつ。

ある日
(じゃぁ店の名前どうしようかなぁ)と呟いたら

「はとや がいいんじゃない」
(え?なんで鳩??)
「だってなんかかわいいじゃない。平和のシンボルだし(笑)」

という訳で

カクテルとワイン、日本酒と
イタリアンベースのフードのお店
「のんびりダイニングはと屋」
がオープンしたわけです。

私の他に素敵な三人のスタッフ。

忘れもしない開店の12月20日。

記録的な大雪で
開店時の来客が三名様。

そりゃぁね
告知も何もしなければそんなもんです。。

ただ、その大雪のスタートって
はと屋の行き先を示していたのかもなぁ。

オープンから約一年
なんとか軌道に乗ってきた時期。

スタッフの女の子が出勤して来ない。

そしてしばらくして
今度は別なスタッフが出勤して来ない。

はと屋最初のトラブルは
スタッフの逮捕から始まったんですよね。