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老舗計画株式会社

飲食店開業 | 経営改善コンサルティング

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僕の半生4

あの頃の私は
ほんと、調子に乗っていた
というよりも
ギスギスしていたように思います。

とある大企業の施設で勤務していたのですが
そこは売上管理という事とはほぼ無関係で
ただ無難に毎日を管理していればいいような
そんな施設。

もちろん、今思えば
それだって大切な仕事なんだと思うんですけどね

当時の私は違ったんです。

この施設のサービスレベルを上げる!
売上を上げてやる!
利益率を上げてやる!

と意気込んでいました。

毎月企画書考えたり
沢山指導したりね。

(今までやってきたやり方はまるで駄目だ!
俺の言う通りにやれば必ずうまく行く!)
そんなやり方でした。
スタッフにも厳しく
だいぶ上司にも噛み付きました。

そんなんじゃ誰もついてこないよね。

結局孤立無援。
私目当てに来てくれたお客様に救われましたが
このままここにいていいのか
何も結果も出せずにいいのか

沢山の葛藤がありました。

そして、回ってくるクレーム処理。

もうね、あの時面倒になったんですよね。
一番良くないクレーム処理を
自己判断で行ってしまったんです。

詳細は書きませんが
会社としては、やってはいけない事。

今思ってもあの判断は浅はかで
自己満足だけのものでした。

その処理が元となり
退職をする事になりました。

誰も引き止める人はいませんでした。
そりゃそうです
自業自得ですし
TEAMとして他のスタッフさんを認めた事なんて一度もない
プライドばっかり高くてうるさい私だったんですものね。

今考えれば、あの時の皆さんに
ほんと迷惑をかけてしまったと、反省してもしきれません。

それが結婚して約半年の話。
家にも居づらく
悶々とした日々。

ここでとてもタイミングが悪いというか
良いというか

その昔、宮城県には
(せんだいタウン情報)という情報誌がありまして
その1コーナーに(尋ね人)というコーナーがあったんですよね。

実は、お嫁さんの面影が
どこか、前プラトニックだった彼女に似ていて
それを思い出す自分が嫌だったんですよね。

まだ踏ん切れてないのか。って。

それで、その恋をしっかり気持ちの中で整理しようと
そのコーナーに投稿したわけです。
自分の名前は書かずに、わかる人だけわかるフレーズで。

返信来るわけのないその投稿で
私は恋を精算したわけなんです。

でも、連絡来ちゃった。

気づいたら
携帯と少しの貯金を握りしめて
その娘の元へ車で飛び出していました。

それから一ヶ月半の間
車中生活をしていたわけです。

夜明けに起き出して
水道で身体と服を一緒に洗い
オープンからラストまで図書館に行き
たまに、その娘とデートする。
夜はひたすらラジオを聞いて寝る。

それだけの生活。

そして、その娘は翌年結婚するそうで。

ばかだなぁ俺
と思いつつ、まぁこんなもんだよね。
どうせこの世の中ってそんなもんだ。
この手元の金が無くなったら、俺も自分の人生終わりにしよう。

そう思っていました。

生活していたその公園って
野球場が併設されていたんです。
週末ともなると
草野球が始まって
それをワンカップ飲みながら観戦するのが
恒例となっていました。

ある日、いつもの様に観戦しようと
車を下りた時
タイヤの脇にたんぽぽが咲いていたんです。

普通のなんでも無いたんぽぽ。

それを見た時号泣しちゃったんですよね。
びっくりするぐらい。嗚咽するくらい。

今日そこに咲いているって事は
昨日もそこに咲いていたって事なんですよね。

だってたんぽぽは急に咲かないですもんね

でも昨日の私はそれに気づかなかった。
なにも感じなかった。

その時思ったんです。
世の中は素敵な事やモノ、美しい事が沢山あるのに
俺が気づいていないだけ。見ていなかっただけなんだって。

世の中が変わったんじゃなくて
自分が変わったんですよね。

そしたらね、自分がそこにいるべきじゃない
そんな事を思って。地元に帰る決意をしたんです。

久しぶりの地元。

けど、そんなに甘いもんじゃなかった。

どこも、誰ももう迎えてくれる事は無かったんですよね。
そんな甘い話あるわけないか。
でも、俺世の中汚いと思ったままで終わらなくてよかった。

いい事も沢山経験したし
まぁ、これでいいかな。

とある場所で首にくるくると紐を巻いていったら
いつの間にか気を失っていたんですよね。

気づいた時
そこに嫁さんとおふくろが居ました。

謝る事しか出来なった私に
二人はチャンスをくれたんですよね。

で、退院。

ホントの話なんですが
実家に到着して、駐車場に下りた瞬間に
携帯が鳴ったんです。

(大くん、今何やってるの?もし良かったら一緒に働かない?)

最初に就職した時の先輩からでした。

運命ですよね。

断る理由なんてありません。
翌日、私は仙台のあのお店

JAJA。私の人生をドカーンと決めてくれた
あのお店に就職したんです。

いやぁすげぇ店だったなぁ。

けどね
一番一緒に居なければいけない時期に
朝から晩まで仙台にいたらさ

ある日
家に帰ると
部屋にはベッドしかありませんでした。

いつまでたっても
不器用のまま。

家族のため、と思ったんだけど
その時一番大切だったのは
失った信頼を取り戻すための一緒の時間だったんですよね。

けれど私はそれに気づかなかった。

そして離婚。

大人しくしてればいいのに
バカな俺は、あれからタガが外れたんだよなぁ。。。