コンテンツへスキップ

老舗計画株式会社

飲食店開業 | 経営改善コンサルティング

 飲食店開業 ・ 改善コンサルタント 老舗計画株式会社 のロゴマーク

おもてなしとサービスの違いなんてどうだっていいじゃん。

がはは

「おもてなし」について今日は書きまくってやろうかと思います。

前に日本中のサーバーが集まって開催されたサミットのお題として出た
3、日本独自のおもてなし文化とはなにか。なぜ日本人は細やかなおもてなしが出来るのか、そしてしたいと思うのか

そもそも、おもてなしってなんだろう。
サービスの本や講演なんかではそれっぽく書いてたりするけど、現場感としてサービスとおもてなしの差を明確にしろ!と言われたって概念的な物だから逆に迷ってしまう場合が多いと思います。

現に国内のトップサーバーが集まった場でも、いまいち腑に落ちない意見が多かったし。
発言している当人も「あれ?」と思っているように感じられたんですよね。

よく言われるのは
「サービスはサーヴァント(奴隷)が発祥で、主従関係や対価を求めるもの。おもてなしとは心からその人の事を想ってしてさしあげる事」
なんて事。
でもまってよ。僕らは仕事としておもてなしをやっているじゃない。そこって商取引なんじゃないの?

そもそもの「対価を求めず」という話が腑に落ちない原因なんですよ。
だから、おもてなしなんて幻想だ!
という話ではないのでもう少しお付き合いをば。

というか、なんでこんなに「おもてなし」と言われるようになったのかなぁと考えると、あのクリステルさんの発言以前から「おもてなし」ブームでしたよね。

穿った見方をすると、サービスじゃなくおもてなしを大切にしよう!という新しい商売のネタなんじゃないのかなぁと。
Twitterにも書いたけど

こんな構造なんじゃないのかなと。

そんな事で現場を悩ませないで欲しい。。。
トップサーバーが集まって、その概念についてあれこれ話をしないといけないってつまり「ふんわりとした概念」で「いまいち実態が掴めない」まま仕事してるって裏返しじゃないのかなぁと。

で、今日僕がブログでこの話を取り上げる目的は
余計な事で悩む現場スタッフにスッキリしてもらいたい
という事だったりします。

まぁ前フリが長かったですが。

日本のおもてなしは世界一、について


呪縛のようにつきまとうこのキーワードですが、はっきり言えば
「日本のおもてなしは世界一である事に間違いない」です。

え?お前何言ってるの?とお思いでしょうが、考えてみれば簡単なんです。
サービスとおもてなしを切り離して考えている国が日本だけなんだから、そもそも「おもてなし」の概念は他国には無いんだもん。概念が無い国と比較すればそりゃ世界一に決まっている。

他の国に僕はいないから
「日本の阿部大は世界一!」と言ってるのと同じです(笑)
日本には他の阿部大さんがいるはずなので「日本の阿部大の中で僕が日本一!」とは言えませんが。。

日本はおもてなし文化が根付いているか、について

僕、最近の日本推しの番組なんかが増えてきている事にちょっと違和感を覚えています。
確かに世界に誇るような建造物もあるし、四季も場所によっては美しいけど「昔から日本人は優しく丁寧で民度が高く、おもてなしの精神が宿っている」というのはどうかなぁと。

今年42歳になるんですが、僕が高校時代なんかは駅のホームや線路には沢山の吸い殻。当時はホームの立ち食いそばの持ち込みが可能だったので座席の下には丼が放置されていたり。
繁華街では客引きや喧嘩。犬を散歩させればウンチはそのまんま。地元の食堂は頑固おやじが無愛想に料理を出すし、汚い店も多かった。

そんなのが当たり前でしたし、それをもって毎度毎度けしからん!ともならなかった。だってそれが当たり前の光景だったのですから。

それは戦後だからであって、戦前や江戸時代は素晴らしかったんだ!なんて人もいるんですが、それについては前に書いたブログ飲食店のキャッチをやられている皆さんへ。に詳しく書いてあります。

茶道文化はおもてなしの文化でしょ、という考えもあるのですが、それは限られた階級の話じゃないですかね。
でも茶道文化から学ぶ事は凄く多い。それについては後述します。

ちなみにキャッチなんかは江戸あたりの文化ですよこれ。むしろ今よりひどい(笑)

言いたいのって、それではいけない!と皆がマナーアップしていって今の綺麗な日本が出来てきたんじゃないかなってこと。
だから「元から素晴らしい」なんて言っちゃうと、努力して今の状況を築いてきた人たちに申し訳ないんじゃないかな。

それでもそんな事はない!日本には昔から素晴らしいおもてなし文化があるじゃないか!
おしぼりなんかは外から来たお客様にたいして昔から濡れた布を渡すという素晴らしいおもてなしだ!
という方には次項。

おしぼり文化は
「おもてなしの精神」から来ているのか?

日本独自のおもてなしとして良くあげられる(おしぼり文化)
旅人や客人に対して、濡れた布を手渡して汚れた手や足を拭いてもらうのが発祥で、元は「濡れ布」なんと言って古くは平安時代からある風習だそうです。
「ほら見たことか!やはりおもてなし文化はあるじゃないか!」
とおっしゃる前に、そもそもなんで濡れ布を渡したのか?と深堀してみませんか?

汚れた手と足を拭いてもらいたいというのは、もちろん綺麗になって気持ちよくなってもらいたいという気持ちもあったでしょうが
その裏には
(汚れた足や手で家を汚してもらいたくない)
という理屈があったんじゃないの?

つまり、こちらの都合をお客様に体よく勧めたものなんじゃないかなと。

ここで落語が出て来るのですが(笑)古今亭志ん朝さんの化物使い、この5分50秒あたりから聞いてみてください。

汚い足で上がられて、そこを拭くと木造だから色味が変わってしまう。
それを予防するために予め拭いていただく。

これっておもてなし精神ですかね?

勘違いされてほしくないのですが、決してこの行為を批判している訳ではないんです。
由来を蔑ろにしてしまって、変に美化してしまう事による弊害を危惧してるって事ですから。

おしぼり文化は、家人の都合で行ったサービスがいつの間にかお客様を喜ばせるツールと昇華していった。
これって変に美化するよりも素晴らしい話だと思うんですよね。
だって家人の都合を喜ばせるツールへと昇華させる努力をした人達がいる、って事なんだもん。

僕が言いたいのはそこなんです。
ハナからおもてなしで素晴らしかった!と言ってしまうと、影でそれを喜ばせるツールと昇華させた人たちの戦いの歴史や努力がないがしろになってしまうんじゃないかなって。

お辞儀の由来って?

ここで話ががらっと変わっちゃうんですが、これも日本独自と言われている(お辞儀文化)について。
皆さんお辞儀の由来ってご存知ですか?
これは中国由来らしいのですが「首を差し出す」からきているそうです。

つまり「差し出してへりくだる」文化。
主従関係の極みなわけです。

大名行列なんかでも一同が土下座して「下に下に」としていましたが、あれって本心だったと思いますか?
落語なんかでも「大名行列が来た!めんどうだなぁ」というニュアンスも出てきますよね。

つまり、へりくだっているように見せる事が必要だったんじゃないですかね。

僕は日本のサービス(敢えてサービスといいます)はここらへんがポイントになっているんじゃないかと考えています。

落語から見る「日本のおもてなし」

前項のとおり、僕は落語をにわか齧りしているんですが、かなり勉強になるんですよ。
もちろん色々と時代に応じて改ざんされてはいるんでしょうが、昔の町人の考えなんかが伝わってくる場面が多くて勉強になるんですよ。

ケコロ、の話も留め女の話も落語からなんですが(笑)

抜け雀の話なんかでも、宿場町で客人に対して泊まって頂けるようにへりくだりながらキャッチをするんですが

どうにかウチを選んでください、どうかひとつ、どうかひとつ
という言い方。
でも実際泊まれば宿泊客に対して裏であーだこーだ言ってる。

まさに、泊まってもらいたいがためにへりくだっている訳で。それっておもてなしじゃないですよね。

殿様気分や大名気取りなんて言葉があるように、いつもお侍や大名に土下座やへりくだる事をしていた名残が、客として店を選ぶ時に(どれだけへりくだってくれるか)が基準になってしまった、という事もあるんじゃないかなぁ。

茶道から見る「日本のおもてなし」

前述しましたが、日本のおもてなしというと茶道の話がよく出てきます。
客人をもてなす心、茶道の心が日本の心であると。

茶道ももとは中国からお茶文化がやってきたそうで、茶道となる前には色々とあったそうで効き茶ならぬ(闘茶)とか、博打もやったりと今より結構賑やかなパーティー的な側面もあったようです。

それに歯止めをかけ、精神的な交流をしていこうじゃないかと出来てきたのが茶道という事です。
日本のおもてなし文化が形となって茶道となった、んじゃなくてどんちゃん騒ぎのアンチテーゼとしてみたいな感じ。

つまりね、言いたいのは元々日本はおもてなしの国!というよりも先人の努力でここまで培ってきた国だって事です。

僕は、だからこそ茶道の精神が素晴らしいと思うんですよね。
元々あるものを形にしたんじゃなくて、伝えたい何かを伝えきるために形にしていった茶道の凄さを感じるんです。

どんなに偉い人でも、躙口を通る時は頭を下げる。
茶道の精神で僕が一番ぐっとくるのは主客一体というもの。
茶道に学ぶおもてなしの心7つ
に詳しく書いてありますが、引用しますと
茶道では茶事を主催する亭主は、入念な準備のもと客を招きます。 招かれた客は、亭主の意図を汲み取り、その場にふさわしい振る舞いをし、感謝を示すことが求められるそうです。 つまり招く側と招かれた側があわさり、主客が一体になることにより気持ちの良い空間を創り上げるのです。 この「主客の相互性」は「主客一体」とも言い換えられるでしょう。

これからの「おもてなし:サービス」

僕はこう思うんです。
日本のサービスは(へりくだる精神)が根底にあるんだろうと。
へりくだる姿勢をみせつつ、こちらの意向を伝えていく文化だったんじゃないかと。

それを否定しようとは全く思いませんし、サービスは時代によって変わって然るべきだとも思うから。

それを踏まえつつ、ちょっと前までの日本のサービスを考えるとへりくだる文化がまだ根強く、お客様に喜んでもらう事よりも「クレームが出ない事」をメインに考えていたんじゃないかな。

Aというクレームに対してこう
Bというクレームに対してこう
Cというクレームに・・・
Dという・・・

これが積み重なって今の日本のサービスが出来てきたんじゃないかなって。

過剰なほどのダウンサービス、言えばいいんでしょと感じるばかりの聞き取りづらい早口の敬語
料理提供の際に「失礼します」
コンビニでは「ポイントカードはお持ちでしょうか」と言われて「持っていませんよー」と答えると
「申し訳ございませんでした」という返答。
別に申し訳ないこと一つもしていないのに。

へりくだる文化。
それを「おもてなし」と言うのであれば僕はいらないなぁ。

おもてなしとサービスの差、で悩むくらいだったらサービスでいいじゃん。
そんな事を悩む時間あれば、もっと目の前の人に悩んだほうがいい。

最初に書いたおもてなしの定義
「サービスはサーヴァント(奴隷)が発祥で、主従関係や対価を求めるもの。おもてなしとは心からその人の事を想ってしてさしあげる事」

僕はね、対価を頂くことって尊い事だと考えているしそこに引け目を感じる事はないと思うんです。
胸を張って対価をいただきましょう。

その上で、その人の事を想って差し上げることをすればいいんじゃないかな。

接客アドバイザー、とは言ってるけど実は(接客)という言葉あんまり好きじゃないんだよね。

だって(客)として生まれてきた人なんかいないし、目の前にいるのはお客様以前に人であるわけで、僕らもサーバーの前に一人の人間ですから。
でも他に都合のいい言葉が無いから使っているんですけどね(笑)

主客一体、いい言葉。
人として相手を尊重し、相手も僕らを尊重してくれて共に嬉しい時間を共有すること。
それがおもてなしの精神でいいんじゃないかな。

へりくだる文化は僕らの代で終わりにしようよ。
それって結局のところ、僕らが相手を軽んじている事にもなるんだから。

へりくだらない変わりに、僕らはあなたしか出来ない喜ばせ方をしていこう。
クレームが起きない事よりも、嬉しい事を集める時代にしましょう。

日本はそんなにおもてなし精神があった国じゃないけど、それをここまで作ってきたくれた先人達に感謝だし、これから先は僕らの努力でまた新しい文化を作っていきましょうよ。

最後に


よく「おもてなしをする」「おもてなしをやっている」と聞くけど違和感しかない。

おもてなしは、された方がそう感じるから完了するわけです。

だから
「おもてなしをする」んじゃなくて
「おもてなしに成る」が正解なんじゃないかな。

と、まぁダラダラと書いてしまいましたが
世の中で言葉遊びで悩んでしまうサーバーが一人でも減りますように。

つか、おもてなしならサーバーって言葉も変えないといけないよね。オモテナサーとか。なんか沖縄の挨拶っぽくてかっこいいかも(笑)